アンネ・フランクの記念のバラ

この美しいバラは「アンネのバラ」という品種です。
『アンネの日記』で有名な、アンネ・フランクを記念するバラで、
ベルギーの造園家が品種改良したものです。
嵯峨野教会は日本でのこのバラの「発祥」の教会です。
なぜ嵯峨野教会に「アンネのバラ」が咲いているのでしょう?



 オットー・フランク氏との出会い


1971年、嵯峨野教会の黎明聖歌隊を母体とした「黎明合唱団」が、
聖イエス会の代表として、コンサートのためイスラエルを訪問しました。
そのときイスラエルのナタニヤという小さな村のレストランで、
偶然にもアンネ・フランクの父、オット・ーフランク氏と出会ったのです。
そのときからわたしたちとオットー氏の間に友情が生まれ、育まれました。


アンネは日記の中で、「もし神様が、わたしを長生きさせてくださるなら、わたしは世界と人類のために働きます」と誓いました。
しかし、戦争とユダヤ人迫害のために、15歳で短い生涯を終えました。
家族でただ一人生き残った父オットー氏は、このアンネの遺志を受け継ぎ、平和のために活動しておられました。

そんなオットー氏が、わたしたちの平和への思いを知ってくださり、
友情のしるしとして、1972年クリスマス、10株のバラの苗木を送ってくださったのです。
こうして日本で始めて「アンネのバラ」が咲いたのです。

(右の写真はその後黎明合唱団がオットー氏のスイスの自宅を訪問した際のものです。後列右から3番目にオットー氏の姿が見えます。)

やがて、このバラは日本全国に広がり、
平和を愛する人々によって育てられるようになりました。
嵯峨野教会には今でもバラの季節にはにアンネのバラが咲いています!



 平和への祈りを受け継いで


嵯峨野教会はオットー氏の「平和を願うだけでなく、平和のために何かをする人になってください」という言葉を大切にしています。
『聖書』によると、平和の鍵は聖書の民イスラエルの平和が実現したときであることが分かります。
わたしたち嵯峨野教会は、イスラエル民族が早く神様の救いを体験するように祈り、
積極的に活動しています。
また、平和の王であるメシアの到来を待ち望んでいます。



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